【'17瀬戸内城下町巡り_4】丸亀城 京極家の居城

うどんを食べている途中で思い出しましたが、
昔、横須賀の馬堀小学校在学時に、
ここ丸亀に転校していった女の子がいたなあ・・・
急にふっと、そんなことを思い出しました・・・

美味しいうどんを食べ終わってお店を出ると
強い風がビュービュー吹きまくっていました。
来る途中、瀬戸大橋線が強風で運転中止と
運転再開を繰り返していて不安に思っていましたが、
いよいよ嫌な予感がしました。
しかし、ここで引き返すのも何のために横須賀から
来たのか解らないので、お城へ行くことにします。

丸亀城は生駒親正が、1597年から6年の歳月をかけて、
丸亀市市街地の南にある亀山に築城。
1658年京極高和が城主となり、
京極家7代が丸亀藩5万1,000石を領して
212年を経て明治維新に至ります。

現存天守12城のひとつで、
城域は亀山公園として整備されています。

お店を出ると高い石垣に木造天守を眺めることができましたが、
・・・結構高いなあ・・・


IMGP1148_convert_20170205170942.jpg

大手口から歩いて入ると、大手二の門、
大手一の門(太鼓門)を潜り抜け、
城内観光案内所が見えてきます。
丸亀城内観光案内所内にある『うちわ工房 竹』では、
うちわづくり体験ができます。(有料)

ここから急こう配の坂道が目の前に現れ、
この坂を「見返り坂」と呼んでいるようです。
この坂を登り切ると三の丸なのですが、
その途中に高い石垣を眺めることができます。


IMGP1139_convert_20170205171624.jpg

見返り坂を登り、三の丸へ辿り着き、
さらに坂を登って二の丸、本丸へと到達します。
ここには全国に12しか残っていない
木造天守が建っています。


IMGP1142_convert_20170205174253.jpg

全国に残る木造天守12城のうちの1つで、
日本一小さい天守と並び四層ならなる
約60メートルの高さを誇る石垣は、
空に向かってそびえる弧を描く姿が
〝扇の勾配〟として有名です。
大手門と天守が当時のまま残る城としては、
全国に3城しかなく、大手門と天守、御殿表門と
あわせて残る城は丸亀城のみです。


IMGP1145_convert_20170205174441.jpg

さらにこの高さから瀬戸内海を見ると、
風が強くて飛ばされそうでしたが、
何とか瀬戸大橋を撮ることが出来ました。


IMGP1141_convert_20170205225058.jpg

天守の中に入ることもできましたが
強風が襲いまくり、帰りが心配だったので
早めに来た坂を下りることにしました。
見返り坂を降りた所にあった、
丸亀城内観光案内所内『うちわ工房 竹』で
丸亀うちわを2つ購入しました。

丸亀藩は金刀比羅宮への参道である丸亀街道、
多度津街道の起点を持ち、参拝客を相手とした
観光業は藩財政を大きく潤おしていた。
幕末になり財政が逼迫すると、江戸詰の藩士たちに
隣に屋敷を構えていた大村藩の藩士たちから
うちわの作り方を学ばせ、国元に返し内職で作らせ、
金毘羅参りの土産物として売るなどの策をとり、
財政を立て直した。
その後、うちわづくりは一般町民にも
広まり始め、丸亀の名物となる。

ちなみに、JR丸亀駅構内、
丸亀市観光案内所で
『丸亀おもてなし割クーポン』をGETした方は、
丸亀城天守入城無料。
その他、クーポンを利用すれば様々な特典があります。

さて、強風の影響を受ける瀬戸大橋線。
丸亀に来たときは強風で運転見合わせ中だった・・・
無事に宿泊地・岡山へ帰れるのかなあ??

次回へ続く。


ブログランキングに参加しています。
宜しければ、励みになりますので、
①下の拍手ボタン
②パソコンからご覧の方はブログ左上の
「私のブログ投票ボタン」の
 ピンク色の釦
 上記2つの釦をポチっと押して下さい。
③twitterボタンでの共有応援等,
 宜しくお願いします。



関連記事
Theme:
Genre: 学問・文化・芸術

Comment

Leave a Reply










Trackback