【JR東日本パスの旅2】弘前・津軽藩の城下町へ

新青森から足を伸ばして弘前へ。
ここで私の趣味の1つ、お城巡りへ出発。
弘前駅から100円バスで弘前市役所前で下車し、
弘前城がある弘前公園へ向かいます。

IMG_0046_convert_20110715215600.jpg
弘前藩祖津軽為信は南部氏の支配から独立し、
以後、戦国大名としての地位を固めました。
慶長五年(1600)関ヶ原の戦いで徳川家康方に着き、
美濃大垣城攻めに参加し、4万5千石を安堵され、
のち2千石を加増され、4万7千石の城下町となった。
その頃居城としていた堀越城が小規模で守備面にも
不安があった為、新たな城を築き始めた。
しかし、城の完成を見る前に、為信は慶長12年没した。
一時築城は中止されるが、跡を継いだ三男の信牧は、
父の遺業を達成せんと慶長15年より工事を再開、
翌16年に五層の天守閣が聳える城を完成させた。
その後寛永四年(1627)、落雷により天守閣を焼失するが再建されなかった。
しかし、文化二年(1805)九代寧親(やすちか)の時、
蝦夷地警護の労を賞され7万石、同五年10万石に加増されると、
体面を保つ為に翌年から天守閣再建が始まるが、
本丸辰巳櫓を改築したもので、文化七年10月に三層の天守閣として完成した。
弘前藩は石高は10万石だが、開墾しつくした為、
実収入は30万石とも100万石とも云われる。
現在は、天守閣を初めとし、櫓や門など九棟が重要文化財に指定されている、
国指定史跡。

IMG_0041_convert_20110715215006.jpg
弘前城は、藩祖為信公により計画され、
二代藩主信枚公により慶長16年(1611年)に完成しました。
来る平成23年(2011年)には築城400年の節目の年を迎える事になり、
弘前城築城400年祭のマスコットキャラクター
「たか丸くん」がお出迎えしてくれます。

IMG_0045_convert_20110721235957.jpg
私が撮った写真の中で、新緑とお城のバランスが
気に入った一枚をご紹介します。

IMG_0048_convert_20110722231558.jpg
弘前城の資料館を見て、弘前公園を歩きまわり
何枚もお城を写真に収めると空がどんよりとしてきました。
そろそろJR弘前駅へ戻ります。

次回へ続く。。。


ブログランキングに参加しています。
宜しければ、励みになりますので、
①下の拍手ボタン
②パソコンからご覧の方はブログ左上の
「私のブログ投票ボタン」の
 ピンク色の釦
 上記2つの釦をポチっと押して下さい、
 宜しくお願いします。

関連記事
Theme: 史跡・神社・仏閣
Genre: 写真

Comment

Leave a Reply










Trackback