【'10桜の宴①】信州・上田城でお花見

ある日、思い立って信州・上田の桜が見たいと思い。。
JR東日本の「ウィークエンドパス」と「えきねっと」の
指定券を予約をしておいてから、
気が付けば東京14:04発 長野新幹線《あさま527号》に乗車し、
長野県・上田に15:34に到着。
東京からわずか1時間30分で信州とは早いなあ。。

上田駅から歩いていくと、お城目前に桜の花々が
鮮やかに広がっていました。

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信濃・上田藩のお城と名物の桜。
下の写真でお楽しみください。

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■上田藩歴代藩主(3大名)の説明です。

★1.真田氏(1582~1622)40年間 上田城主 戦国時代末から江戸初期

■ 上田城の実戦歴( 群雄割拠の戦国時代末 )

1585年 徳川軍来攻、上田城頭の激戦
   (第1次上田合戦)

1600年 真田昌幸、幸村父子上田に籠城、
    徳川秀忠(徳川二代目将軍)軍を退ける(第2次上田合戦)

1603年 関が原天下分け目の戦い(1600年)で、
    徳川勢が豊臣勢を打ち負かす。そして江戸幕府(264年間)開幕。

1583年武田信玄家臣真田幸隆の子昌幸が上田城築城(1583年)。
豊臣方についた昌幸、幸村は1600年に高野山に配流され、
徳川方についた信之(昌幸の長男)が1622年まで上田を統治する。
戦国の世、親子で敵、味方に別れ、
真田氏の生き残りを考えた戦略は見事花を結んだ。
真田家は1622年に現長野市松代町へ移封
( 松代藩 真田家 明治まで250年間統治。
この理由は真田信之の正室(妻)が、徳川家康の 養女「小松姫」であったため、
家康の命で真田家は移封するべからずの「お墨つき」を拝領したため)。

★2.仙石氏(1622~1706)85年間 上田城主 江戸前期

真田信之と交代に長野県小諸より仙石忠政が上田へ入封。
忠政、政俊、政明と3代続き、 1706年に兵庫県出石へ移封。

★3.松平氏(1706~1872)166年間 
   上田城主江戸中期から明治維新まで

[上田城と松平氏]

仙石政明と交代に兵庫県出石より松平忠周が上田へ入封。
松平氏が忠周(江戸城老中)、
忠愛、忠順、忠済、忠学、忠優(江戸城老中)、
忠礼と7代にわたり、 1706年より幕末まで166年間上田を統治する。

 ■ 譜代大名: 徳川一族( 松平氏 )
 ■ 上田藩の石数: 5万8千石
 ■ 上田藩の藩格: 老中(江戸城) 
           京都所司代兼務(京都二条城(国宝))

上田藩主となった松平氏は、藤井松平氏と呼ばれ、
三河以来の徳川一族庶家で、
14松平氏の一つであり、
家康より4代前の長親の五男利長をその祖とする。

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