のほほーんとThomas Life

趣味の鉄道旅行や食べ物、日々出来事等自由奔放な日記です。

【信州】小諸馬子歌ぶらり旅2

懐古園は白鶴城や酔月城とも呼ばれた小諸城の跡で
三の門には徳川家達(いえさと)公の筆になる
「懐古園」の大額が掛かっています。
ここ、小諸城は、全国的にも珍しい城下町より低い穴城で、
浅間山の火山灰で出来ている谷と丘を利用して造られ、
水を用いず、崩れやすい断崖が堅固な要塞となっています。

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ここは「四季を通して花の咲く城址公園」をめざし、
昨年から園内に花卉の植栽を計画的に行なってきたそうです。。
植栽箇所の一場所である二の丸跡には、約6000芽の福寿草が植栽されています。
福寿草が咲き揃い懐古園の新たな見所になっています。

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小諸城の起源は平安時代、小室太郎光兼からはじまり、
徳川による天下泰平の時代に移ると、小諸城は徳川3代将軍
家光の弟の忠長の領有するところとなり城代が置かれた。
その後もめまぐるしく城主が変わり、石高も5万石から2万石へと減らされてきたが、
極めて要衝な藩領のため、歴代藩主には徳川譜代が配されていた。
元禄15年(1702年)、越後国与板藩より牧野康重が15,000石で入封すると、
版籍奉還まで約170年間、牧野氏が10代にわたって居城とした。
 明治4年(1872年)の廃藩置県で小諸城は役割を終え、
明治13年(1880年)に城郭は払い下げられ、
小諸藩の旧士族の手により本丸跡に神社が祀られ、
「懐古園」と名付けられた。
その後、大正15年(1926年)に、造園の権威である本多静六の設計により、
近代的な公園に生まれ変わった。
これが、小諸城址の歴史です。

次回は小諸そばの名店へ行ってお蕎麦を食べます。
次回へ続く。。。

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